絆と自由
愛する相手と深い絆を結びたいという欲求と
自由でいたい欲求・・・
それぞ相反する欲求。

揺るぎない絆でお互い結ばれているという幸福感を求める一方で、
一人きりになって自由な自分に立ち戻る時間も欲しくなる…

人はどんなに深く愛し合っていても…
どんなに幸せな関係を築いていても…
その幸せをいつまでも持ち続けたいと心から望んでいても、
相手との「絆」を求める思いと
自分の「自由」を求める思いの狭間で心悩ませる。

愛する相手と深く絆を結んでいても、
個人的な時間や世界をもつ必要は依然としてある。

でも…もしも…、
自由を得るために、
片方だけが犠牲になったり我慢したりするような場合は、
お互いの絆に大きな打撃を与える。
しまいには…パチン…と心がはじけてしまう。

愛する相手が、絆のために自分を偽ったり、
自分の興味や好きなことをあきらめたり…
はたまた、自分の興味あることや願望・嗜好を達成するために、
嘘や隠し事をしなければならないならば…
それはとても哀しいことだ。

そしてまた、自分も彼の願望や嗜好からくる自由な振る舞いを、
ほほえみを持って見守っていられないならば…
前向きな付き合いとは言えない。

愛する相手が、己の願望、意志を尊重しながらも
愛の絆を結べる相手に出会えるよう…
自分も明るく前向きに存在するために…
絆をひもとき、静かに身をひくことも必要かもしれない。

愛することは意志をもっての行為だからこそ、
相手がいやなことはしない…という決意が必要だと思う。
前向きな意志をもっての我慢であれば、愛は育つ。

でも、愛のための決意ができなくらいに、
自分にとって大切な事柄ならば、
それを受け止めてくれる相手と絆を深めたほうが、
互いの幸せに繋がる。

執着を愛と勘違いしたら駄目…

素敵に生きよう。


テーマ:日々のつれづれ
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